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松山地方裁判所 昭和38年(行)3号 判決

松山市祝谷三丁目四番一〇

原告

木村秀太郎

右訴訟代理人弁護士

白石誠

松山市西堀端

被告

松山税務署長

黒井肇

右指定代理人

片山邦宏

矢野訓敏

檣部房之助

小沢康夫

民谷勲

和田茂

岡田武夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

「被告が昭和三七年七月三〇日付をもつて原告の昭和三六年度所得税につきなした課税総所得金額を金一五、二三一、四六一円とする更正決定中、金九、二〇四、二九八円を超える部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二、当事者双方の主張

(原告の請求原因)

一、原告は昭和三六年度分の所得税について昭和三七年三月八日被告に対し同年度分の総所得金額を七、一四四、七六一円(譲渡所得金額六、〇六四、七六一円、給与所得金額一、〇八〇、〇〇〇円)とする確定申告書を提出した。これに対し被告は同年七月三〇日原告の総所得金額を一五、二三一、四六一円(譲渡所得金額一四、一五一、四六一円、給与所得金額一、〇八〇、〇〇〇円)とする更正決定をした。原告はこれを不服として同年八月一四日被告に対し再調査の請求をしたが右請求が棄却されたので、同年一二月六日高松国税局長に対し審査請求をした。しかるに、右審査請求に対し相当期間経過しても何らの決定がなされなかつたので本訴に及んだ。(なお、右審査請求は昭和三八年六月二九日に棄却された。)

二、原告の同年度分の総所得金額は別紙第二表原告主張額欄に記載のとおり九、二〇四、二九八円(譲渡所得金額八、一二四、二九八円、給与所得金額一、〇八〇、〇〇〇円)であるから、本件更正決定中これを超える部分の取消を求める。

(被告の認否)

請求原因一項は認め同二項は争う。

(被告の主張)

一、原告の訴外有限会社フジムラ農機(以下フジムラ農機という)に対する不動産譲渡は昭和三六年度分の所得金額に算入さるべきである。

(1) 即ち、原告は昭和三六年八月三一日フジムラ農機との間に、原告はその所有の別紙第一表記載の土地一〇筆をフジムラ農機に代金総額四七、五五〇、〇〇〇円で売渡すこと、フジムラ農機は原告に対し同日手付金四、七五〇、〇〇〇円を支払うこと、残代金は同年一一月三〇日原告において本件土地に対しフジムラ農機を権利者とする所有権移転の仮登記に要する書類一切を完備引渡すと同時に支払うこと、右土地の負担する債務あるとは原告において同日フジムラ農機は同年八月三一日原告に右手付金を支払つた。なお、右契約条項中の負担する債務を抹消するという意味はその債務につき低当権が設定されている場合にはその登記の抹消まで意味するものであつた。

(2) その後フジムラ農機は原告に対し右代金の減額を交渉し、その結果同年一一月一四日頃右代金の一部を減額して四五、四三〇、三五〇円とすることに話合いがつき、そのうち五、〇〇〇、〇〇〇円は同月二〇日に支払つたうえ、残代金を当初の約定に従つて同年一一月三〇日に支払うことになつた。なおその際、原告の要請により別紙第一表7および10の土地計一五〇坪(実測坪数一八四・五一坪)については訴外木村商事株式会社(代表取締役原告)を通じて三、八七四、七一〇円で売渡すことにし直接の売買物件から除外したので結局残余の売買代金は四一、五五五、六四〇円となつた。

(3) 同年一一月三〇日の支払期日に、フジムラ農機代表取締役藤村幸次郎はフジムラ農機が原告に支払うべき金額三一、八〇五、六四〇円(契約金四一、五五五、六四〇円のうち手付金四、七五〇、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残金)を支払うべく現金(もつとも一部は約束手形でもよいとの内諾を原告から得ていた)を持つて原告の事務所であつた伊予日産モーター株式会社へ赴いた。しかし、原告において所有権移転の仮登記手続に必要とする登記済証またはこれに代る保証書、印鑑証明書等の書類を持参していなかつたこと、および売買の対象となつた土地のうち別紙第一表5、6、8、記載の土地に存する高知相互銀行を根抵当権者とする一〇、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権、9の土地に存する訴外木村商事株式会社に対する所有権移転の仮登記が抹消されていないことが判明したので、右藤村は原告に支払うべき前記代金残額のうち右根抵当権極度額に相当する一、〇〇〇円の支払を留保し、その余の代金を支払つた。

(4) 原告は右売買契約をフジムラ農機の債務不履行を理由に解除した旨主張する。しかし、前叙の如く売主である原告において所有権移転の仮登記に要する書類を準備せず、根抵当権設定登記の抹消手続も未了である以上、右買主であるフジムラ農機の代金支払とは同時履行の関係にあるから、同社が履行遅滞にあつたとはいえず、また相当な履行期限を定めた催告もなされていないので、右解除は無効である。

しかも、原告主張の昭和三七年七月二四日の解除通知なるものは、本件更正処分を予期してあたかも解除したかのような外形をつくり所得税の累進税率による不利益な課税を回避しようとしてなされたものである。このことは右解除したと主張する遙か以前になされた所得税の確定申告において、フジムラ農機に対する譲渡所得を除外していること、解除通知後においても現状に復する何らの手段も講じておらないばかりか、かえつて前記契約の代金支払をフジムラ農機に引続き請求していることからも明らかである。

二、次に被告の課税所得金額の計算根拠を述べる。

(1) 原告は昭和三六年度に右フジムラ農機に対する不動産譲渡のほか、(イ)昭和三六年八月一日訴外三共機工株式会社に対し宅地五二・二二坪を、(ロ)同年四月一日訴外戸井真一に対し宅地二七六・四三坪を、(ハ)同年六月二〇日訴外愛媛日産自動車株式会社に対し宅地一、六四四、八二坪を、(ニ)同年一一月二一日訴外木村商事株式会社に対し宅地一八四・五一坪をそれぞれ別紙第二表の各収入金額欄の被告主張額欄記載の金額で譲渡した。右不動産の取得価格、譲渡経費はそれぞれ同表該当欄記載のとおりであつた。そこでフジムラ農機も含めこれらの課税譲渡所得金額を所得税法第九条第一項により計算すれば一四、五四一、四三九円となり、これに給与所得金額一、〇八〇、〇〇〇円を加算し、同年度の課税総所得金額を一五、六二一、四三九円と算定した。

(2) なお、フジムラ農機に譲渡した土地の取得価格および譲渡経費の計算方法は次のとおりである。すなわち、原告は昭和三五年から三六年にかけて別紙第一表記載の土地をそれぞれ同表前所有欄に記載されているものから買入価格欄に記載の金額で買入れ、さらに右土地を実測のうえ宅地として一八四・五一坪を訴外木村商事株式会社に、残金一、九七八・八四坪をフジムラ農機に売渡した。右土地の取得および譲渡に要した各費用については原告の申出が無いのでやむを得ず一般不動産取引の例にならい、それぞれ取引価格五〇万円までの分は三・五%、五〇万円を超え一〇〇万円までの部分は三%、一〇〇万円を超える部分は二%と認めた。従つて右土地の取得に要した費用は買入価格三〇、六三七、〇〇〇円に右比率を乗じて計算すれば六二五、二四〇円となり、その取得価格は両者を合算した三一、二六二、二四〇円となるから、フジムラ農機に売渡した土地の取得価格はその坪数に按分して二八、四三〇、六〇八円と算定される。また右譲渡に要した費用はその譲渡価格四一、五五五、六四〇円に右比率を乗じて計算すると八四三、六二一円となる。

三、以上のとおり、原告の昭和三六年度の総所得金額は一五、六二一、四三九円であり、この金額の範囲内でなした本件更正処分には何ら違法の点は存しない。

(被告の主張に対する原告の認否)

一、被告の主張一項のうち(1)は同契約において土地が負担する債務を抹消するという意味が抵当権の登記の抹消までを含むという主張を除き他は認める。同契約中の負担の抹消というのは被担保債権の消減を意味するものである。同項(2)は認める。同項(3)は履行期日にフジムラ農機の原告に対する支払義務ある金額が三一、八〇五、六四〇円であつたこと、このうちフジムラ農機が一、〇〇〇万円を除いた金員を支払つたことは認めるが、その余は争う。同項(4)は争う。

二、被告の主張二項(1)のうち原告が(イ)ないし(ニ)の土地の譲渡をしたこと、その譲渡価格は訴外戸井真一に対する譲渡価格が一四、六五〇、七九〇円であつたこと以外は被告主張のとおりであること、各土地の取得価格、譲渡経費ならびに給与所得金額が被告主張のとおりであることは認めるがその余は争う。同項(2)は別紙第一表記載の土地の買入価格は認め、その余の計算方法自体は争わない。

三、被告の主張三項は争う。

(原告の主張)

一、原告はフジムラ農機との間に被告主張の如き売買契約を縮結したが同社の債務不履行を理由にこれを解除したのであるから、これを昭和三六年度の譲渡所得に算入すべきでない。その経緯は次のとおりである。

(1) 原告は右売買契約の履行期である昭和三六年一一月三〇日に原告の事務所たる伊予日産モーター株式会社において、高知相互銀行の行員を呼びおいて本件不動産上の抵当債務を同銀行に完済した。そして来所したフジムラ農機の代表取締役訴外藤村幸次郎にその領収書を示し、その他契約の義務履行に必要な一切の手続を完備して代金の支払を求めたが、右藤村は代金決済の資金を調達できなかつたので代金のうち一、〇〇〇万円を支払わなかつた。

(2) そこで原告は同日右藤村に対し残代金一、〇〇〇万円を同年一二月三日までに支払うよう催告しその履行がないので更に原告代理人訴外兵頭進が同月一〇日ころフジムラ農機に対し右残代金を同月末日までに支払うよう催告したがこれについても支払いはなかつた。

そのうえに同社本件土地を不法に占拠し、登記名義の残存する前所有者訴外重松弥一郎他五名から虚偽の売買契約書その他所有権移転登記に必要な書類を得て昭和三七年一月一八日その所有権移転登記を終えた。このため原告は右藤村幸次郎らを告訴し、さらに右重松弥一郎他五名にフジムラ農機を被告として所有権移転登記抹消登記手続請求の訴を提起せしめるなどして事案の解決にあたつた。

一方かかる背信行為にもかかわらず、原告はその後も前記売買契約の解決に努力したのであるがフジムラ農機において残代金の支払に必要な資金の調達ができなかつた。

(3) 原告はやむなく同年七月二四日付その頃到達の内容証明郵便をもつて同社に対し右売買契約を解除する旨の意思表示を示した。

(4) その後原告は昭和三八年四月一日フジムラ農機の希望により前記同一物件を同社に譲渡した。しかし、さきの売買契約は解除されているのであつて、これが有効に存続しているとする被告の主張は誤りである。

二、なお被告の租税回避行為の主張に対し次のとおり付言する。

(1) 原告が本件土地の処分を決意したのは金融逼迫によつて関係事業が資金難に陥つたためであり、また原告は前叙のととおり売買契約履行のために土地の一部に存した高知相互銀行の抵当権を抹消するため一、〇〇〇万円の借入をした。資金難の折に右一、〇〇〇万円の資金の利用を犠性にしかつその金利負担を考えれば累進税率の適用の如きはものの数ではなく、反対にこれを忍受する方が遙かに有利である。原告はこのような考慮からフジムラ農機の背信行為にもかかわらず、契約の早期完結に努力した。

(2) 被告は原告が右フジムラ農機との売買契約を解除する以前に提出した確定申告書に同社に対する不動産の譲渡所得を除外していると主張する。しかし、解除後税金の還付申請をすることは煩瑣な手続と相当な日時を要し、また被告がかかる申請に容易に応ずるとは考えられず、右確定申告当時既に前叙の事情により本件契約の帰趨を熟知していた原告が確定申告にこの所得を加えなかつたことについて何の不思議もない。

(3) 被告は本件契約解除後原告において現状に復する何らの手段も講じていないと主張する。しかし、フジムラ農機においてまず本件土地の不法占拠を解いたうえ不正登記の抹消と引換えに代金の返還を求めるべき筋合のもので、かかる申出はなかつたので、原告の側から原状回復を構ずる術はなかつた。

第三、証拠関係

(原告)

甲第一、第二号証、第三号証の一ないし二二、第四ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一、二、第一二号証の一、二を提出。

証人兵頭進、同篠原三郎、同杉本清一、同戸井真一、(第二回)の各証言および原告本人尋問の結果を援用。

乙第三号証の一の成立は不知、第三号証の二ないし四の各原本の存在は不知、同各原本の成立は否認(署名押印何れも原告のものではない)、第八号証の一および第一七号証の成立は不知、第一八号証の一ないし三の成立は否認(同号証の一、二の署名押印何れも原告のものではなく、同号証の三の署名は原告のものでなく、その名下の印影が木村商事株式会社の印章によるものかどうかは不知)、その余の乙号各証の成立を認める。

(被告)

乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし五、第九号証の一ないし四、第一〇ないし第一七号証、第一八号証の一ないし三を提出。

証人藤村五郎、同西野元清、同戸井真一、(第一回)の各証言を援用。

甲第三号証の一、一〇、一四、一五、一九ないし二二、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一、二、第一二号証の一、二の成立は不知、甲第四号証は写真であることを認めその余は不知、その余の甲号各証の成立を認める。

理由

(原告の申告、被告の更正決定、原告の審査請求等について)

原告の請求原因一項記載の事実は当事者間に争いがない。

(訴外フジムラ農機に対する不動産譲渡について)

被告の主張一項(1)のうち原告と訴外フジムラ農機との間に昭和三六年八月三一日同項記載のごとき内容の契約(ただし同契約中の「負担する債務の抹消」という文言の意味については争いがあるかが締結されたこと、同項(2)記載の事実、同項(3)記載事実中昭和三六年一一月三〇日に右土地の売買代金としてフジムラ農機が原告に支払うべき金額が三一、八五〇、六四〇円であつたこと、このうちフジムラ農機は同日一、〇〇〇万円を除いた金員を原告に支払つたこと、同項(4)記載事実中原告は昭和三七年七月二四日に右売買契約をフジムラ農機の契約不履行を理由に解除する旨の意思表示をしたこと(右解除が有効か否かは別として)、被告の主張二項(2)記載事実中原告が右土地を別紙第一表買入価格欄に記載の金額で取得したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

原告は右契約においてフジムラ農機の債務不履行を理由として契約を解除した旨べるので、以下右解除が有効であるかどうか判断する。

各成立に争いのない乙第九号証の一および四、乙第二号証、甲第八号証、証人藤村五郎、同西野元清、同兵頭進(後記措信しない部分を除く)の各証言によれば、原告とフジムラ野機間の右売買契約の履行期であつた昭和三六年一一月三〇日にフジムラ農機代表取締役訴外藤村幸次郎、弟の訴外藤村五郎、両名の知人訴外西野元清は原告の事務所であつた訴外伊予日産モーター株式会社の事務所へ赴き原告代理人訴外兵頭進と逢つたこと、藤村幸次郎は兵頭進に対し当日支払うべきであつた売買代金残金三一、八〇五、六四〇円のうち一、〇〇〇万円を除いた金額を現金で支払つたこと、右残余の一、〇〇〇万円については藤村幸次郎は前もつて兵頭進から手形でもよいとの了承を受けていたので手形を交付するべく用意していたこと、しかし右土地についてその登記簿上の所有名義人である訴外重松忠義他五名からフジムラ農機へ所有権移転仮登記をなすに必要な書類を同日までに原告側において揃えておくはずであつたのにその書類の一部が不足していたこと、および同日までに原告において抹消すべきものとされていた別紙第一表5、6、8記載の土地に存した訴外高知相互銀行を権利者、訴外伊予日産モーター株式会社を債務者債権極度額一、〇〇〇万円とする根抵当権設定登記につき原告は同日高知相互銀行に一、〇〇〇万円を支払つてその仮領収証を受取つていたがその登記自体の抹消については同銀行の本店を経由する必要があるためなお少くとも三、四日を要する状態であつたこと、このため藤村幸次郎は前記用意した一、〇〇〇万円の手形を兵頭に交付するのをやめたこと、以上の各事実を認めることができる。

右認定に反する証人兵頭進の証言(一、〇〇〇万円を手形で支払うことは了承していなかつたかもしれない旨)、同杉本清一の証言(フジムラ農機は一一月三〇日に一銭も支払わなかつた旨)、および原告本人尋問の結果(フジムラ農機から資金の調達ができないから一二月末まで待つてくれるよう申入れをうけたが断わつたという報告を兵頭から受けている。自分の方に債務不履行があつたことは絶対にない旨)は前掲各証拠にてらして俄に措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠は無い。

ところで、右売買契約書にして成立に争いのない乙第九号証の一に「左記物件が負担する債務あるときは甲(木村秀太郎)は所有権移転登記迄に自費を以て抹消すること、但し甲、乙(フジムラ農機)協議の上移転登記後に抹消することあるべし。)とある条項の「負担する債務の抹消」という文言の意味につき、原告は単にその被担保債権の消減を指すものである旨主張し、被告は右物件に抵当権設定登記がある場合は右登記の抹消まで含む趣旨であると主張するが、前掲各証人の証言によるも右文言が契約当事者間において単に被担保債権の消減を意味するのみに受取られていたとは認め難く、また実際に取引界において土地に存する負担の抹消という場合にその抵当権設定登記を存続させたまま被担保債権だけを消減させる意味であるとは通常解せられないことを考え合わせると、被告主張のごとく右文言は登記の抹消まで意味すると解するのを相当とする。

以上の右乙第九号証の一の文言および前示争いのない事実を総合すると、原告・訴外フジムラ農機間の右売買契約においては、買主の売買代金の完済と、売主の所有権移転仮登記に必要な書類の完備引渡および一部の土地に存ずる根抵当権設定登記の抹消は同時履行の関係にあつたということになる。

そして、前示認定の事実によれば、原告は売買残代金の支払期日であつた一一月三〇日に所有権移転仮登記に必要な書類の完備についても、根抵当権設定登記の抹消についても履行に欠けるところがあつたのであるから、他方フジムラ農機においてもまた残代金の支払義務の履行をなすを要せず、結局フジムラ農機はこの時点では何ら連滞の責を負わなかつたことになる。したがつて、原告において相手方の債務不履行による解除権を得るためには更に一定の期日を定めて履行を催告し、遅くともその期日までに自己の債務の履行を提供すべきであつて、それでも相手方が債務の履行をしない場合に始めて解除権を有するに至ると言うべきところ、この点につき、原告は自身で一一月三〇日兵頭進が一二月一〇日ころの二回にわたり各期間を定めてフジムラ農機に対し履行の催告をした旨主張するのであるが、証人兵頭進の証言および原告本人尋問の結果によるも、その点が明確でないし、更にその催告期間内に自己の債務の履行の提供をなしたということについては何らその主張立証が無い。そうすると、原告にはフジムラ農機の債務不履行を理由とする契約解除権は発生しないことになり、したがつて原告が昭和三七年七月二四日になした解除の意思表示はその効力を生じなかつたというべきである。(なお、右根抵当権設定登記の抹消は成立に争いのない乙第一四号証、第一五号証、第一六号証によれば昭和三八年四月一九日に同月三日の根抵当権設定契約解除を原因としてなされている。)

そうすると、原告・訴外フジムラ農機間の右売買契約が昭和三七年七月二四日付内容証明郵便の到達により解除されたという原告の主張は採用することができず、原告の昭和三六年度分の譲渡所得に右フジムラ農機への不動産譲渡所得を算入することは相当であることになる。そして、右売買物件たる土地の買入価格については前記のごとく当事者間に争いがなく、その取得費用、譲渡経費については被告がその算出をした計算方法を原告は争わないので、結局フジムラ農機との取引における譲渡代金は四一、五五五、六四〇円、取得価格は二八、四三〇、六〇八円、譲渡経費は八四三、六一二円であるとする被告の主張は正当であることになる。

(訴外戸井真一に対する不動産譲渡について)

被告の主張二項(1)記載の如く原告が昭和三六年四月一日訴外戸井真一に対し宅地二七六・四三坪を売却したことは当事者間に争いがない。

右売買につき被告はその代金額を一五、二〇三、六五〇円であると主張するのに対し原告は一四、六五〇、七九〇円であると主張するのでこの点につき判断する。後記の如く真正に成立したと認められる乙第一八号証の一、二、三、証人兵頭進、同戸井真一(第一、二回)の各証言によれば、訴外戸井真一は昭和三六年四月一日に右宅地を不動産業者訴外杉本清一の仲介で原告代理人兵頭進との間で買受ける契約をし、その際右当事者間の話合いにより実際の売買代金は坪当り五五、〇〇〇円、総額一五、二〇三、六五〇円とするが契約の表面上は税金対策もあり坪当り五〇、〇〇〇円、総額一三、八二一、五〇〇円とし、その差額一、三八二、一五〇円は別途金という名目で支払うことにしたこと、戸井真一は契約に従い同日手付金として三、〇〇〇、〇〇〇円、同月七日に右別途金として一、三八二、一五〇円、同月一一日残代金一〇、八二一、五〇〇円を各兵頭に支払つたこと、そして右金員に相当する領収書を兵頭から前記杉本を通じて受取つたこと、以上の各事実が認められる。

乙第一八号証の一、二、三につき原告はその成立を否認するけれども証人兵頭進の証言、原告本人尋問の結果によれば、乙第一八号証の一、二に押捺されている「木村」の印影も同号証の三の「代表取締役印」の印影もいわゆる市販の有合せ印によるものであり、当時原告はこれらの印影とほぼ同一の印影の有合せ印を使用しており、これらを原告の事務所であつた伊予日産モーター株式会社の事務所内に置き兵頭進に保管させていたこと、原告は当時訴外木村商事株式会社(代表取締役原告)の事務一般をなさしめかつ原告個人の土地の売買の代理権も与えていた。兵頭にこれらの印を必要に応じて自由に使用することを許していたこと、兵頭は戸井真一との取引においてもこれらの印章を使用して乙第一八号証の一、二、三に押捺したような記憶もあることが認められ、このような事情を総合すると右乙第一八号証の一、二、三に押捺されている各印影は原告代理人兵頭進が原告の印章を使用して押捺したものと推認すべく、そうすると民事訴訟法第三二六条により特に反証のない本件ではこれらの書証はすべて真正に成立したものと推定されるというべきである。なお乙第一八号証の三はその受領者欄の署名が「木村商事株式会社木村秀太郎」と記載されその名下に「代表取締役印」の印影があつて同号証の一、二とはその記載を異にしているけれども、証人戸井真一(第二回)、同兵頭進の各証言によるも当事者が同号証の一、二の木村秀太郎個人の署名押印がある領収証と本領収書とを特に重要な意味を持たせて書き分けたという状況は何ら窺えず、戸井真一は「代表取締役」は単に肩書として記載してあるという程度に考えて右領収証を受取つたことが認められ、また証人兵頭進の証言により真正に成立したと認められる甲第一一号証の一、二によれば兵頭進自身木村秀太郎の納税申告にあたり右第一八号証の三の領収証記載の金員に該当する一〇、八二一、五〇〇円をも含めて戸井真一との取引代金額を計算していることが認められるのであつて、結局右記載の差は本件において重要な意味を有しないというべきである。

そうすると、原告のなした戸井真一への不動産譲渡の代金額は被告主張のとおり一五、二〇三、六五〇円が正当であることになる。なお、原告主張の代金額一四、六五〇、七九〇円はその根拠が不明であり本件全証拠によるも右認定を覆し得ない。(フジムラ農機を除くその他の譲渡所得および給与所得について)

原告は昭和三六年度において右フジムラ農機および右戸井真一に対する不動産譲渡のほか、訴外三共機工株式会社、訴外愛援日産自動車株式会社、訴外木村商事株式会社に対し被告の主張二項(1)に各記載とおりの日時に各記載のとおりの面積の宅地を別紙第二表記載のとおりの各代金額で売買したこと、その取得価格、および右戸井真一に売渡した前記土地の取得価額、同表1ないし4の土地の譲渡経費も同表各記載のとおりであつたこと、ならびに、原告の同年度における給与所得も同表記載のとおりであつたことは当事者間に争いがない。

(総所得金額について)

以上説示のとおりの各不動産譲渡の収入金額合計八五、二六〇、〇九〇円から以上説示のとおりの取得価格合計五四、六五五、八八四円および譲渡経費合計一、三七一、三二八円を差引き、これに所得税法第九条第一項を適用して課税譲渡所得金額を計算すると一四、五四一、四三九円となり、これに給与所得金額一、〇八〇、〇〇〇円を加算すると、原告の昭和三六年度の総所得金額は一五、六二一、四三九円となる。しかして、前記のとおり被告の更正決定額が一五、二三一、四六一円であることは当事者間に争いがなく、右決定額は右総所得金額の範囲内であるから、右決定には何らの違法事由も存しないといわねばならない。

(むすび)

よつて原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山正雄 裁判官 梶本俊明 裁判官 関野杜滋子)

第一表

〈省略〉

〈省略〉

(実測二、一六三、三五坪)

第二表

〈省略〉

〈省略〉

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